「かったるくて4時間も走ってランねぇよ!」

とツイッターで宣言したのはみなとみらい到着の時だった。時刻は6時前。気合は入っていた。寝不足なのに眠くない。今日はPB更新を狙いに行く。そう固く心に誓っていた。申し訳ないけど仲間の足環の儀式には参加しなかった。スタート前にドタバタしたくないし心を平静に保つには孤独のほうがいい。

将棋の羽生名人は心に「玲瓏(れいろう)」が訪れるまで初手を指さないという。心の持ちようが勝負を左右する。ちょっと大袈裟だがそんな気持ちになりたがっていた。ウェアは気合いの半袖短パン。まだまだ整列時間を過ごすには寒い恰好だが防寒の使い捨てレインコートやアームカバーはどんなに寒くても使用すまいと思っていた。そんなものを装着するのは腰の引けたフナ侍だと思っていた。スタート前ウォーターで芍薬甘草湯を流し込んだ。痙攣予防である。

Aブロックに並んだ。スタートラインが目の前十数メートルにある。こんなロケーションは初めてだ。多分、最初で最後のAブロック。そこで仲間のスプリンターに声をかけられた。一瞬だが体が温まった感じがした。Aブロックの価値は渋滞がないことだ。もたもたしていたらせっかくの価値を失うことになる。スタートの号砲とともに飛び出した。いつもならスターターの写真を撮ったりしてマッタリとスタートを切るのだが今回はそんなことはしない。

スタートして中央卸売市場のあたりを一周してパシフィコ前のトイレ群をまた通過していく。このコース配置は今までのレースの中では最高だ。頻尿オヤジにとってはありがたい。トイレに行く余裕がなくてスタートしても走行途中で並ばずに用を済ませることができる。ここで最初のトイレを済ませた。最初からガンガン行った。トイレロスを入れてもキロ4分45秒ほど。気合が入っているとこの速度でもさほど苦しくない。気合万歳!

今回はネガティブスプリット走法なんていう姑息なことはやめようと思った。撃沈したらしたでいい。それが実力。速く入れば惰力がついて慣性の法則でさほど力まなくてもスピードが維持できる。ネガティブスプリットはそれができない。なかなか上がらないスピードを押し上げるのは至難の業だ。

しばらく行くと間寛平に追いついた。「富士五湖ではお世話になるのでよろしく!」と言ったら「はーい」と答えてくれた。速度は相変わらずキロ4分45秒。ちょっとやばいかなとも考えた。キロ5分くらいにしておこうか。アタマは安全策を指示してきた。ところが足は言うことを聞かない。多分、目の前にいる頭巾をかぶっているナイスバディの女子についていきたいのであろう。まったく男ってやつは。。。。

「邪念が記録を作る!」

われながら名言。頭巾ちゃんには離されてしまったけど、また、代わりの綺麗どころが現れたりして20キロ地点までキロ5分未満で走ることができた。南部市場20km地点の給水所には仲間がボラをやっている。見つけられるだろうか。と思ったら向こうから声をかけられた。もうひとり女性救護ボラもいるはずだったが、これは見つからなかった。折り返すと、ほどなく上り坂になり高速道路に出る。ゲートで写真を撮るランナーが多かったが、そういうマッタリズムは後々響いてくると思い写真はとらずに走り抜けた。

高速に入って、給食らしい給食が出始めた。タルトやクッキーの類いがどんどん出てきた。しかし、食欲はあまりなく、後で食べようとセコくポケットに菓子を突っこんで走った。今回はなぜか、スポドリは飲まずに真水をたくさん飲んだ。甘ったるい飲み物は精神も甘ったるくなると思ったのだろうか、体に聞いてみないとわからないがとにかく水をがぶがぶ飲んだ。

高速道路で注意すべきは道路の接合部分とコンクリートの路面だ。接合部分はジグザグに鉄板が組み合わされているのだがこれを踏むと凹凸が足に響く。カバーにおおわれている個所もあるが踏まないように気を付けたいのものだ。高速道路は思ったより長く感じた。10kmほどあるだろうか。ここの路面はアスファルトというよりコンクリートに近い感触だった。幸い、クッション性の高いGT2000で走ったので助かったがスピードシューズで走った人は足へのダメージが大きかったのではなかろうか。

30km地点での平均速度はキロ5分丁度。今までに出したことのないスピード。このまま撃沈しなければかなり良い結果が出る。PB更新も間違いない。ここで注意しなければならないのは足の痙攣だ。これが起こると一気に撃沈する。急な動作をしないように細心の注意を払って走った。

高速を降りると左折して本牧埠頭に入っていく。勝負の35kmゾーンだ。応援の盛大さとは裏腹に足は思うように動かなくなる。一気にキロ5分半に堕ちる。足裏がジンジンする。感覚が半分飛んでいる。しかし、絶対歩くまいと思った。せっかく引き寄せた新記録を手放したくないという思いがそうさせた。大江戸の河川敷の悪戦苦闘が蘇ってきた。あれに比べれば膝も痛くないし、幸せな状態なのだ。

しんどい本牧埠頭を後にしてやがて山下公園。応援者が鈴なりになっている区間だ。沿道で仲間の女子に声をかけられた。苦しいときの応援は宝物だ。何物にも代えがたい。マラソンをやっていて実感するのはこのような代えがたい何かを感じることができるからだ。ハーフは応援がなくても走り切れる。しかし、フルは違う。自分一人では達成できないからだ。だから魅力がある。

山下公園あたりから涙がぽろぽろ落ちてきた。応援のありがたさ、ここまで練習を積み上げてきた自分、正々堂々と突っ込んでいった自分、いろいろなことが錯綜し、瞼をうるうるさせる。みなとみらいの観覧車がだんだん大きくなってくる。あと1km。PB更新を確信した。自信が確信に確信に変わった。最後の42キロの曲がり角を右折し自分へのウィニングラン195mをラストスパートした。

記録 3時間43分50秒

1年2か月ぶりのPB大幅更新。やった~!やった~!やったーまん!

走った距離は裏切らない。額の汗も裏切らない。

つらければつらいほと思い出は深まる!

一日一走おす!